2026/07/02 13:22



水窪和代という名前に還るまで



私が暮らしているのは、
名水百選にも選ばれた

霧島連山の麓にある

湧き水の町です。
澄んだ水が大地から絶え間なく
湧き出し、川となって流れ、

田畑や人々の暮らしを潤していく場所。



振り返ってみると、私は昔から、
水と深いご縁のある人生を
歩んできたように思います。



若い頃、私はこの土地を離れ、
ANAの客室乗務員として空の世界で働いていました。
たくさんの人と出会い、
さまざまな場所を訪れ、
夢に見ていた華やかな世界も
経験しました。
けれど、その後、私は
客室乗務員を辞め、生まれ育った
鹿児島へ帰ってきました。



外の世界へ向かって飛び立った私が、長い時間をかけて、再び自分の源へと戻ってきたのです。



活動を始めてからは、
「深見ふわり」という名前を
長く使ってきました。



ふわりと軽やかに、
人の心をやわらげたい。



そんな願いとともに歩んできた、
大切な名前でした。
そして今、私は旧姓である
「水窪和代」という本来の名前に
戻りました。



この名前をあらためて見つめたとき、そこには、今まで気づかなかった意味が静かに宿っているように感じました。



「水」は、いのちを潤し、
滞りを流し、清らかにするもの。
「窪」は、水を受け止め、
静かに蓄える器のような場所。
「和」は、人と人、心と身体、
見える世界と見えない世界を調和へと戻す力。
そして「代」は、
神聖なものが宿り、この世界に現れるための「依り代」にも通じます。



水窪和代。



それは私にとって、
水の流れを浄化し、
人や場所を和へと戻していく

依り代



という意味を持つ名前な

のかもしれません。
私自身、これまでの人生の中で、
不安や悲しみ、葛藤や別れを
経験しながら、何度も自分の
内側にある滞りと
向き合ってきました。



そして、心、身体、意識、祈り、暮らしを整えながら、少しずつ本来の自分へ戻ってきました。



だからこそ今、
誰かを無理に変えるのではなく、
その人の中に流れている本来のいのちが、もう一度自然に巡り始めることを手伝いしたいと思っています。


水が、ただ湧き続けて

いるように。



私もまた、自分の真ん中から
溢れ出る愛を大切にし、
出会う人と心を潤し、
愛と豊かさと調和が巡る流れを
この世界とともに
広げていきたい。



深見ふわりとして歩んだ時間も、
水窪和代として生きるこれからも、すべてはひとつの流れの中にあります。



空を飛び、外の世界を知り、
故郷へ戻り、
自分の名前へ還った今。



私はようやく、
自分が生まれ持った役割を
受け取り始めているのかもしれません。



水のように清らかに。
ふわりとやわらかく。
愛と調和を、この世界へ。



それが、水窪和代としての
私の祈りであり、生き方です。

どうぞよろしくお願い致します。